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序章 anchor.png

1995年11月・・・

オーストラリアでワーキングホリデービザを使って1年間過ごした後、ビザの期限切れと共に日本の帰途に着くことになった。

参照:AustralianLife'95

帰国便にシンガポール航空を選び、1ヶ月間ストップオーバー(途中下車)をし、シンガポールを起点にタイまで旅をすることにした。

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画像をクリックすると、旅の経路の拡大図を見ることができます

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出発 anchor.png

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11月5日昼・オーストラリア出国 anchor.png

オーストラリアのブリスベン国際空港を出発。シンガポール航空の片道日本行きは、ブリスベン・シティにある旅行代理店・Flight CentreでA$740(学割価格)であった。オーストラリア〜日本往復便がA$1000のことを考えると割高なようだがしかたがない。

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11月5日夜・シンガポール到着 anchor.png

ブリスベン〜シンガポール間は近いもので、数時間してシンガポールのChangi Airportに到着する。地球をほぼ縦に飛んでいるので、時差はほとんどなし。

到着したのが夜8時ごろ。ブリスベンで買ったLonely Planetのガイドブックによると、クアラルンプール行きのマレー鉄道の出発が10時40分だったので、手荷物を急いで受け取り、地下鉄へかけこむ。

夜のシンガポール都心の駅で降り、地図を見ながらさまよったあげく、出発5分前ぎりぎりに駅に到着。2等寝台のチケットを買った。駅の改札でパスポートの「出国」の印をもらい、電車に乗りこんだ。2段ベッドの車両で、隣にはインド系の家族がいた。列車がいかにもマレーシアへ向かうという雰囲気の中で、自分にとって始めてのアジア旅行が、とりあえず無事にはじまった。

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11月6日朝・クアラルンプール到着 anchor.png

クアラルンプールには早朝に到着。とりあえずこの街にきたものの、なにも計画を立てていなかった。薄暗い町を、20kgあるバックパックを持って歩いた。

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途中マクドナルドにより、朝食と昼食を合わせて取った。マレーシアのマックでは、ハンバーガーにチリソースがついてきた。さすがヒンズー・イスラム教文化のある国である。

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結局重い荷物と共に歩き回るのに疲れ、駅まで帰ってきて、午後から市内の観光名所に連れてってくれるらしいツアーが有ることを見つけ、それに参加することにした。
クアラルンプール駅構内にあるトラベルエージェントにツアーの申込をする。半日ツアーでRM40(リンギット=マレーシアの通貨)だった。

とりあえずツアーに申し込んでみたものの、いったいどこへつれていってくれるのか、自分にはよくわからなかったのだが、自分の乗ったバスは、まずマレーシアの伝統的な作りの邸宅が並ぶ住宅街を抜け、昆虫の標本のお土産を作るお店に着く。

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ここで工場の見学をしばし行う。

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その後バスは、ヒンズー教の修行の地、バトゥ洞窟(Batu Cave)へ向かった。

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入り口には、ヒンズー教の不思議な構図を示したいろいろな動物の神様が飾られている。とてもカラフルかつ不思議である。

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階段を上った先には洞窟があり、内部は天井まで何十メートルもあるくらい大きい。

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その日の夕方、クアラルンプールよりクアラルンプールよりマレーシア北部のペナンへむけて、また夜行列車に乗り込む。

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11月7日朝・ペナン島対岸に到着 anchor.png

寝台車に乗りこんだ翌朝、ペナン島対岸の列車のターミナルである、Butterworth駅に到着。フェリーで対岸のペナン島・ジョージタウン(Georgetown)へ移動する。フェリーで約20分。

ペナン島は、観光地でもあるせいなのか、思いのほかきれいに整えられていた。
ここは昔イギリスの植民地だったとかで、英国調の建物や城(台場)が町のあちこちで見られた。

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島に渡ると、まずはいつものように宿探しから始まる。いろんな引き込みがいるが、それを一切無視して、ガイドブックに紹介されていた1泊RM18のドミトリーの宿を確保。そこに数日滞在し、夜行列車続きの体をすこし休ませることにした。

ここの宿に滞在していたのは殆どが外国人。昼間は、そこで見つけた外国人と一緒にペナン島の観光名所をめぐったりした。

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夜は同じ宿に泊まっている人たちとカレーや屋台へ食べに行ったり、映画を見に行った。ちょうどそのとき映画館で"Species"という映画がやっていた。字幕が英語・中国語の簡体字と繁体字・マレー語の4種類。下の1/3は字幕でふさがっていて、非常に見にくい。また、現地の人は映画館の中にいろんな食べ物を持ち込むので、いろんな食べ物の臭いが混ざり合って立ち込めていて、非常にくさかったのが一番印象的であった。

その後、Butterworth駅からバンコクに向けて出発。列車はタイ国鉄のものであり、マレーシアのものよりも古びたものになった。

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途中でマレーシアとタイの国境を通過。ここでは全員が一度社外に下ろされて荷物とパスポートのチェックが行われた。

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途中、列車の油圧系統からオイルが漏れるというトラブルが発生したが、列車の機関士は手馴れたように、油圧系統のパイプにハンカチやテープを結びつけて漏れをふさいでいた。非常に怪しいのだが、それでもこれくらいはトラブルのうちに入らないという感じで、すぐ出発する。

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11月10日・タイ入国 anchor.png

電車に乗りこんでから数時間すると、電車は国境のゲートの駅で停車し、そこで全員下ろされて出入国手続きをし、また電車に乗りこむ。電車はそのまま夜中も走りつづけ、翌日昼にバンコクへ到着する。

バンコクは、バックパックの旅行者が集まり、安宿が軒を連ねるカオ・サン・ロード(Khao San Road)へ足を運び、1泊50バーツの宿に泊まる。

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この地で、同じ宿に宿泊している外国人旅行者たちと情報を交流し、この後のタイでの旅行計画を練った。

そして、バンコクに着いて次の日の夕方、夜行バスに乗りタイ北部のチェンマイ(Chieng Mai)へ移動することにした。片道220バーツであった。

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11月12日朝・チェンマイ到着 anchor.png

タイには、どこに行っても非常に立派なお寺がある。周りの家に比べて派手できれいであり、一体そんなお金がどこにあるのか不思議である。金を使った装飾が随所に施されているのは驚きだ。

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ジャングルトレッキングツアーに参加 anchor.png

チェンマイで泊まった宿で、ジャングルトレッキングツアーを申し込んだ。3日間で1000バーツと、(タイでは)少し高いと思ったが、タイ人ガイドと宿・食事付きで、山岳民族の村へも行けるので参加することにした。
旅行の日程は、すべてタイ人のガイドがアレンジしてくれた。

1日目はハイキングと、バンブーラフティング(竹のいかだで川下り)。

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そのあと象の背中に乗って山を移動する。

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その日は夕方から土砂降りになり、この日の目的地の山岳民族の村までたどり着けず、夜はちかくの山小屋で寝袋で夜を過ごす。夕食は、タイ人ガイドが作った料理だった。参加者は、ドイツ人2人にオーストリア人1人、イタリア人1人に日本人である自分(:写真左より2番目)であった。

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2日目昼に土砂降りは止み、山道をハイキング。

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下の写真を取ったとき、足元には小さなサソリがいたが、それはこの国では日常茶飯事のこと。

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刺されないように気をつけて歩き、その夜は、タイ人ガイドの知り合いである、途中の村の小学校の先生の家に宿泊する。

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3日目、今度はふもとに向けて下山する。3日続けて平均数時間は山道を登ったり下ったりすると、だんだん足も疲れてくる。

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途中の道には少数民族の村があり、そこでは小学校で運動会らしきものが行なわれていた。

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この少数民族は「ヤオ族」というらしく、女性の服装はずいぶんカラフルである。その独特の雰囲気に魅せられ、トレッキングの疲れもしばし安らぐ。

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タイ北部・ラオスにはいろいろな少数民族がおり、それぞれの民族が独特の服装をしているはひじょうに印象的で面白いものだ。子供たちのなかで一番年長なのが、写真中央の中学生ぐらいの女の子だと聞いた。それ以上の年になると、みな山を離れて町へ出稼ぎに行くようになるということである。

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トレッキングツアーから帰ってきた後は、しばしチェンマイ市内をいろいろ見て回った。

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下の写真は、チェンマイの市場です。市場の中は薄暗くて生臭いながらもいろんな食べ物が豊富に揃っている。

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しかし、その一方で、チェンマイのいたるところで、山から出てきた少数民族らしきホームレスが、観光客を目当てに物(お金)乞いをしに近づいてくる。開発が進む山では少数民族は生活をしていけれないのか、この国の光と影である。

その後バンコクまで夜行バスで戻り、その足でタイ西部のカンチャナブリへ列車で移動する。

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11月20日・タイ西部・カンチャナブリ到着 anchor.png

このカンチャナブリは、第2次世界大戦中に当時この地を支配していた日本軍が、隣国身ヤンマーに向けての「泰緬鉄道」を建設していた場所であり、この地を流れるクワイ川にかかる橋は、映画「戦場にかける橋」の舞台になった橋である。

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ここでは川に浮かぶゲストハウスに宿泊。1泊30バーツと、この国で泊まった中では一番安い宿であったが、この場所は、今回の旅でいちばんのんびりできた場所でもあった。

川の上に作った小屋なので、蚊が出現するのが難点ではあったが、部屋の目の前の川で泳いだり、服を洗濯したりした。

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時々目の前の川を、カラオケを楽しむ屋根付きのパーティーボートが通過していた。タイ人もカラオケやダンスがずいぶん好きなようだ。

この地でしばし体を休めた後、再びマレーシアに向けて戻ることにした。バンコクに戻る途中のNakorn Pathom(ナコーンパトム)という、マレーシア〜バンコク行きの電車と接続している駅で途中下車した。

そしてこの街にある、タイで一番大きいと言われる仏塔を見学。

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写真の人間の大きさと比べて、塔の大きさがわかるであろう。

Nakhon Pathomから、マレー鉄道に乗車。再びマレーシアのペナンを目指す。写真は、途中のタイ−マレーシア間の国境である。手前がタイで、緑色のフェンスを超えるとマレーシアである。

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11月23日・マレーシア再入国 anchor.png

ペナンに到着後、そこで以前滞在していた宿に1泊滞在し、高速ボートで対岸のインドネシア・スマトラ島のメダンへ渡ることにした。船に乗る前に、船外でパスポートに印が押された。出国手続きは非常に簡素なものである。

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11月25日・インドネシア入国 anchor.png

夕方にメダンに到着後、入国審査を済ませて港から街へ移動するバスに乗り込む。バスが町に到着すると、クモの巣にかかった獲物にみんなで襲い掛かるように、外国人客を待ち構えていた人力車タクシーの人がたくさん近づいてくる。客の取り合いもみくちゃになり、でバスの窓まで割ってしまう始末であった。

はじめは「宿は自分で探すからいい」と断ったのだが、だいぶ疲れていた自分は、その中の一人に「いい安宿を知ってるよ」と言われ、人力車に乗りこむことにした。その後、両替につれて行ってもらったまでは良かったが、宿に到着してから、現地通貨ではずいぶん高い金額(60,000ルピー、US$1=約2000ルピー)を請求された。両替で足元を見られていたのだ。「それはおかしい」と反論するが、相手は2人である上、自分の荷物まで握られているから逆らえなかった。
長い船旅で疲れていてつい値段を決めずに人力車に乗ってしまったのがまずかった。
宿には同じような苦い思いを味わった旅行者がほかにもいたようだ。

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11月26日・インドネシア・スマトラ北部トバ湖に到着 anchor.png

メダンに1泊した後、スマトラ島内陸部に位置するトバ湖を目指す。トバ湖・湖畔の町パラパット(Parapat)行きのバスに乗り込む。

トバ湖は、スマトラ島中央部に有る、火山活動でできたカルデラ湖であり、その湖の中央に島があって温泉もあり、ちょっとした観光地になっていると聞いていた。

埃まみれのバスに乗ると、周りはみんなインドネシア人ばかりであり、バックパックを持ってここに乗りこんだ自分を、周りのみんなが不思議な目で見ていた。バスの中は薄暗く、子供も大人も煙草を吸っている姿を良く目にし、車内は白くかすんでいた。

パラパットから、トバ湖内部の島の町・トゥクトゥク(Tuk Tuk)へ渡し船で移動し、そこで宿泊することにした。

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バイク(スーパーカブ)を少々高いと思いながら1日18,000ルピーで借りて、湖に浮かぶ島を一周した。

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途中、道が悪いためにバイクがパンクしてしまったが、近くの村のバイク屋で1,500ルピーで修理してもらった。

この時点で、シンガポールから日本行きの飛行機に乗る予定がすでに一週間後に迫っており、あまりここで時間を費やす余裕はなかった。この辺境の地からシンガポールに帰る方法を探さなければならず、パラパットにあるトラベルエージェントで、シンガポールに一番近いインドネシアの島・バタン島(Pulau Batan)までのバス・フェリー乗り継ぎチケットを購入した。約35,000ルピー。

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そこでは、手書きのクーポンを渡され、「これでほんとうに大丈夫か?」と疑わざるを得ないほどお粗末なものであったが、信用するしかない。しかしそのクーポンは無事通用し、バスに乗り込むことができた。そしていよいよシンガポールに向かうべく、スマトラ島東部の港町をめざしてバス移動をする。

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11月28日・スマトラ北部トバ湖出発、シンガポールを目指す anchor.png

バスの乗り換え地点となる、ペカンバル(Pekanbaru)という街まで、悪路(バスもポンコツ)を30時間という非常にハードな移動であった。

ペカンバルでは、バスの乗り換えの為、町外れの家1件以外周りに何もないようなところに下ろされ、この時はほんとう次のバスは来るのであろうか、12月2日の飛行機搭乗予定日までにシンガポールに行きつけるのか不安になるということもあったが、1時間くらいすると乗り継ぎのバスが来て、手書きのチケットも問題無く使用できた。

ペカンバルからはバスは油田地帯を突き進む。切り開かれ荒れた平地を、タンカーや輸送船が移動する運河が縦横に走っており、運河を渡るたびにバスを降りて渡し舟に乗ることを繰り返す。

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タンカーが優先のためか、運河には橋はかけられていない。川も油田から垂れ流された油のせいか、真っ黒に染まっている。大地は油田開発のため木が切られ、森だったであろう場所は丸裸で、荒れ放題である。そんな土地が延々と何十キロもつづく。

ここでは、アメリカや日本の石油会社の名前をいくつも見かけた。建前では「環境企業」とか謳っている(と思う)それらの会社が、消費者の見えないところで行なっている乱開発の実態にはおどろいた。

2日間トータルで38時間のバス移動であった。さすがにこのときはバス酔いを起こしてしまったが、元々日本にいたときはバスに弱かった自分が、この経験以降バス酔いをすることがなくなったのは、ここで鍛えられたおかげなのであろう。

バスの旅はスマトラ島東部の港町、タンジュン・ブトン(Tanjung Buton)で終わり、そこからバタン島へは小型高速フェリーで移動する。

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11月30日・シンガポール再入国 anchor.png

高速フェリーはインドネシアのバタン島の港町、セクパング(Sekupang)に到着。そこで、シンガポールのワールド・トレード・センター行きの大型のフェリーに乗り換える。所要時間は約30分で、運賃はS$16。

入国の際、一緒に並んでいた隣のインドネシア人の親子は、パスポートチェックで非常に厳しい目で見られて、ボディーチェックも含めていろいろな検査を受けていたが、日本のパスポートを見せた自分は何もチェックされること無く通過。水戸黄門の印籠のような、日本のパスポートの強さをここでも実感することができる。

シンガポールに入国するころには、パラパットを出てから2日目の夜もだいぶ過ぎていた。
フェリーターミナルから、タクシーをつかまえて、市内のバックパッカーを探す。シンガポール・ドルをまったく持っていなかったため、両替できる場所を探すために市内を走り回ったが見つからず、最後は宿泊することになるバックパッカーの主人にお金を借りてタクシー代($25)を支払うことになる。

自分が乗りこんだタクシーは実はメーターを動かしておらず、後で聞くと通常の2倍以上のお金を支払ったことになるのだが、疲れていたのでやむをえない。やはり、疲れて到着した夕方、しかもその国のお金の持ち合わせが無い時は要注意である。

シンガポールでは市内観光をしたり、マレーシア側の国境の町・ジョホーバル(Johor Bahru)へ夕食を食べに行ったりした。インドネシアを見てからこの国に入国すると、街も非常にきれいで夢のような国に来た錯覚がする。

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ここでバックパッカーに2泊したあと、翌日に日本に向けて帰国した。

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12月2日・無事日本に向けて出発 anchor.png

名古屋空港に到着。

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帰国時に腹痛がしたため、検疫で赤痢の疑いをかけられた。実際には単なる腹痛であることがわかり、一ヶ月にも及ぶ旅は無事終了。


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Last-modified: 2012-01-24 (Tue) 18:44:17 (JST) (14d) by Harry
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